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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)4号 判決 1984年6月26日

控訴人

林朝清

被控訴人

シチズン時計株式会社

右代表者

山崎六哉

右訴訟代理人

石川正明

三宅雄一郎

高木権之助

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。昭和五七年六月二八日に開催された被控訴人の第九七期定時株主総会における取締役の報酬額改訂の決議は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、原判決事実摘示中の「第二 当事者の主張」のとおりであり、証拠関係は、記録中の原審及び当審における証拠目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一控訴人が被控訴会社の株主であること、被控訴会社は昭和五七年六月二八日に開催された第九七期定時株主総会において、取締役の報酬額には使用人兼務取締役の使用人分給与は含まない旨を明示して、取締役の報酬額を月額一二〇〇万円以内から一五〇〇万円以内に改訂する旨の決議(以下本件決議という)をしたこと、本件決議において使用人兼務取締役が取締役として受けるべき報酬の額が個別に定められていないこと、はいずれも当事者間に争いがない。

二そこでまず、使用人兼務取締役が取締役として受けるべき報酬の額を個別に定めていない本件決議は商法二六九条に違反して無効である旨の控訴人の主張について判断する。

商法二六九条の規定が取締役が受くべき報酬について定款または株主総会の決議をもつてその額を定むべきものとした趣旨は、取締役の会社から受ける報酬額を公正妥当ならしめ、取締役ないし取締役会によるいわゆるお手盛りの弊害を防止しようとする点にある。したがつて、取締役の報酬額を株主総会の決議で定めるに当つて、報酬額の決定を無条件で取締役会の決定に一任するようなことは許されないが、取締役全員の報酬の総額を定め、その具体的な配分を取締役会の決定に委ねることは、同条の規定の右趣旨からみて差し支えなく、各取締役の報酬額を個別に定めることまでは必要とは解されない。そしてこの理は、取締役が使用人を兼務している場合の取締役として受けるべき報酬額の決定についても、少なくとも使用人として受けるべき給与の体系が明確に確立されており、かつそれによつて給与の支給がされている限り、同様であるということができるところ、弁論の全趣旨によれば、被控訴会社においては、使用人として受けるべき給与の体系は明確に確立されており、かつ使用人兼務取締役の使用人として受けるべき給与はそれによつて支給されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。よつて、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

三次に、取締役の報酬額を株主総会の決議で定めるにつき、使用人兼務取締役が使用人として受ける給与は取締役の報酬額には含まれない旨を明示することは商法二六九条の脱法行為である旨の控訴人の主張について判断する。

被控訴会社のように使用人として受ける給与の体系が明確に確立している場合においては、使用人兼務取締役につき、別に使用人としての給与を受けうることを予定しつつ、取締役として受ける報酬額のみについて株主総会でその額を決議することとしても、それによつて、取締役の実質的な意味における報酬が過多でないかどうかについて株主総会がその監視機能を十分に果たせなくなるとは考えられないから、右のような内容の決議をすることが商法二六九条の脱法行為にあたるということはできない。よつて、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

なお、代表取締役以外の通常の取締役は、会社の業務執行権を有せず、会社の機関である取締役会の構成員であるにすぎないから、これら通常の取締役が当該会社の使用人を兼ねることが会社の機関の本質に反し許されないものということはできない。

四そうすると、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(鈴木重信 加茂紀久男 梶村太市)

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